バスケットボール界に衝撃を与えたコービー墜落死。

先日、NBA史上最高のプレイヤーとも呼ばれるコービー・ブライアントがカリフォルニア州ロサンゼルス近郊でヘリコプター墜落事故により亡くなりました。

亡くなった後日に開催されたNBAの試合では、コービーを追悼するため、試合開始から最初のショットクロックのリミットとなる24秒間はどちらのチームもプレーしない鎮魂のバイオレーションに設定しました。

ここでは、コービー・ブライアントに関して、2点に分けて解説していきます。

1点目は、経歴は?
2点目は、魅力は?

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世界中から愛され続けるコービー

経歴は?

1996年に、ロサンゼルス・レイカーズに入団し、NBAチャンピオンに5度輝きました。

また、オールスターゲームでは、1996年から引退するまで毎年選出され、スタメンを張り続けました。

コービーは、非常に得点能力が優れているため、ある愛称がついていました。
それは、ブラックマンバです。

極めて高い確実性から、狙った獲物は99.9%の確率で仕留めると言われている世界で最も危険な猛毒ヘビの一種という意味です。

魅力は?

1つ目は、もちろんのことですが、バスケットのレベルが世界一であることです。

フォワードというポジションで、点取り屋。
試合終盤の勝負強さは、誰にも負けないものがあり、コービーが攻めてくると分かっていても抑えることができない存在でした。

ファンの期待を裏切ることはなかったと言っても過言ではないでしょう。

驚きなことは、彼が引退する直前の最後の試合では、約60得点をマークしました。
この記録は、若い現役選手でも取れる得点ではありません。

それほどまでに得点に対して貪欲だったのです。

2つ目は、チームを誰よりも愛していたことです。
ロサンゼルス・レイカーズで入団し、引退まで移籍することなくレイカーズでプレーし続け、ファンに喜びと感動を与え続けてきました。

引退まで同じチームでプレーする選手は少なく、レイカーズファンとの距離も非常に近かったのです。

まとめ

コービーが亡くなった後の試合では、現役の選手が試合中に悲しむあまり下を向いて動けなくなる場面もあったほど、世界中から愛されていたコービー・ブライアント。

コービーへの感謝の気持ちを込めて、今まで以上に一生懸命プレーする後輩、引退した先輩、刺激を受けていた世界中の人々がバスケットボール界を盛り上げていくことでしょう。

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